わたしが放牧養豚をはじめた理由

こんにちは。愛媛県西予市三瓶町の皆江という小さな集落で、豚を育てている長岡慶・湧太です。「crucru(クルクル)」という屋号のもと、放牧豚「奥地ほうぼく豚」の飼育と従来の豚舎での養豚の両立を目指しています。

私たちが放牧養豚を始めたのは、2022年の3月。もともと一般的な豚舎での養豚をしていた私たちが、なぜ豚たちを耕作放棄地や遊休地に放牧するようになったのか。最初からこのやり方を考えていたわけではありません。

私(慶)は、大学卒業後、一度は野菜の仲卸の会社に就職しました。一次産業に携わりたいと考えていたこともあり、仕事は充実感がありましたが、ある時、父が家業を自分の代で畳むことを考えているという話を聞きました。小さい頃から豚たちとともに育った私は、「やっぱりこの仕事を継ぎたい」と居ても立ってもいられなくなり、父からは反対されたものの愛媛に帰ってきました。

Uターンした当初は、父やスタッフのもと、養豚の基礎から学びました。豚たちと向き合いながら働くことに、充実感を感じる一方で、豚舎の中は常に過密で、病気で死んでしまう豚たちも多く、養豚のリアルも同時に感じていました。会議では「どうやって薬でコントロールするか」という話が中心で、子どもの頃から大好きだった豚たちが、ストレスや病気に苦しみながら育てられていることへの違和感が、日に日に大きくなっていきました。

この土地で豚を育てていくなかで、「豚がもっと豚らしくいられる環境をつくりたい」「誇りを持って、豚たちに向き合いたい」という気持ちが、少しずつ、でも確かに育っていきました。

そんな思いが積み重なって、たどり着いたのが耕作放棄地を使った「放牧」でした。

耕作放棄地を豚が走り回り、掘り起こし、また草が生え、また豚が育つ。「crucru」という名前には、そんな土地と豚の巡りへの想いと、豚のしっぽのくるんとした形と、いろんな「くるくる」が重なっています。


まだまだ手探りの毎日ですが、豚たちは今日も元気に山を駆けまわっています。私たちのこと、豚たちのこと、この土地のことを、この「ほうぼく日誌」で少しずつお伝えしていけたらと思います。

どうぞよろしくお願いします。

crucru 長岡 慶・湧太